・秋葉原無差別殺人犯 初めて話を聞いてもらった
6月8日の事件発生からまもなく1ヶ月。秋葉原で7人の死亡者を出した無差別殺人事件の犯人が「携帯サイトへいろいろな書き込みをしたが、反応がなくネット上でも孤独感を強めていた」という供述をしているらしい。さらに衝撃的な供述は、取調官に対して「初めて話をきちんと聞いてくれる人ができた」と話していることだ。
1.話す努力
他人に話を聞いてもらうためには、かなりの努力を要する。取調官は仕事だから話を聞いてくれるが、世間の人はそうではない。努力をしても無視をされるぐらいなら、引きこもっていた方がましと考えても不思議ではない。
甘えるな! と思う反面、少しは気持ちがわからないでもない。
他人とコミュニケーションをとることは簡単ではない。反応が悪い相手に対し気に入らないこともあり、一人でいたほうがいいと思うことも多々ある。でも、一人では寂しい。近づいていた問題「老後を誰と過ごすか。」とも重なる。
ネット上でも無視された。も同感である。多くの人に見てもらって反応してもらうには努力が必要なのだ。これも簡単でない。このブログ。自分の記録を週間つけるためにはじめたものだが、はやりアクセス数が気になる。
2.語るべきもの
彼は取調官に何を話しているのだろうか。ネット上に何を書いていたのだろうか。話す技術はたどたどしくとも何か人に伝えるものがあったのであろうか。伝えるのも持つには何かしっかりした体験をすることや、真剣に物事を考えることが必要だ。
ネットや携帯社会に浸かっていてはだめだ。
3.聞く努力
彼は人の話をきけるのであろうか。人のサイトに書き込みをしていたのであろうか。人に求めているばかりではないだろうか。「口はひとつに耳ふたつ」。自分のことを語るには口ひとつで充分だが、人の話を聞くのは耳ふたつを動員しないと聞ききれない。ということらしい。
4.免罪符
掲示板には「彼女がいれば、仕事を辞めることも、車をなくすことも、夜逃げすることも、携帯依存になることもなかった」と書いていたそうだ。彼女さえいれば…。そうはいかない。免罪符はないのだ。
インターネットの普及で変化が急激な現代社会。ついていけなくなっても解決の免罪符はない。彼女をつくことは、一番大変なのに。
5.すべては自身に
紙一重。ひつと間違えば同じ孤独感に苛まれる。おかしな供述にどこか私自身のあやうさを感じさせられた。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)