・昔のこと 幼稚園の役員
娘たちは、自宅から少し離れているが、地元では有名な幼稚園に通っていた。園長は地元の名士で、大地主かつ市会議員。経営する幼稚園は手作りでアットホームな保育が売りであった。この幼稚園の年間の最大の行事が、クリスマス会と同時開催されるバザー。
このバザー周辺住民が当日列をつくることで有名で、お徳な品物が並ぶ。
そのお徳な品物は、母親たちが手作りしたり、駆け回って集めてきたりするのである。そのバザーを仕切るのがバザー委員。4月の新学期早々この恐怖のバザー委員が決められる。そして12月のバザーを目指して準備が始まるのである。
バザー委員は、代々伝わる作品or商品リストに、その年の目玉を加えた後、全ての母親に制作の分担を示す。当然不平・不満の声が出る。その声を抑えるためにバザー委員は、一般の母親の3倍の負担を自らに課す。
そこへ、ご機嫌を損ねない程度の進捗、品質確認。不器用な母親のサポート。不平不満のガス抜き。などの仕事が加わる。
ある年、妻にこのバザー委員がやってきた。妻が土日は制作に専念できるよう、私は二人の娘を連れて、遊びに出かけた。渋谷の児童会館は無料で終日遊べるし、定期券のルートだったのでよく利用した。
ある日一日過ごして、自宅に戻ると妻が「あなたたちお気楽でいいわね!」と子供にきつく言い放った。もちろん後ろにいる私へのあてつけである。そのころ、会社はバブルの真っ只中。平日は朝6時に起きて、6時半には自宅を出る。帰宅は、最低週3日は0時45分最寄り駅着の終電。
妻は機嫌が悪くなると、黙り込む。やがて子供に当たるのであった。
大変かも知れないが、そんなことは会社では当たり前のことという思いがあった。
家事・子育て。女性間の複雑な関係。そこまで理解するだけの余裕も私にはなかった。
妻はあれほど嫌がっていた当時の御母さん仲間と今も付き合っている。小学校以降の御母さんとの付合いは皆無なのに。一体何だったのだろう。夫婦の亀裂ができただけのバザー委員だった。
園長は、市会の議長になっている。
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