・サッカー オシムよさらば
一昨年の11月、日本代表監督就任中に脳梗塞で倒れた後、奇跡的に回復したが監督は辞任せざるを得なかったオシム。その後サッカー協会とアドバーザー契約を結んでいたが、やはり健康上の課題が残っており、契約を継続せず昨日自宅のあるオーストリアに帰国した。
東京オリンピックの時に、ユーゴスラビア代表として初来日。見知らぬ極東の国で初めてカラーテレビを見てその先進性に驚き、サイクリング用に自転車を提供されたうえに、サイクリング中に見知らぬ女性から梨をふるまわれ、スポーツ選手へのホスピタリティに感激して大の親日家になったという。
が、オシムは何と言っても国家が消滅したユーゴスラビアの最後の代表監督として、1990年のイタリアワールドカップで複雑な国家だった母国をべスト8に導いた実績が勲章だろう。
よく冗談で「ふるさとのサラエボで死にたい」といっていたが、帰国先は母国ではなくオーストラリア。願いは叶わないかもしれない。オシムの人生は思うようにならなかったことの方が多かったように思えるが、オシムの言動をみているとそういう状況も楽しんでいるように見える。
うまくいかなくてもその中で全力を尽くし、かつ楽しめばいい人生が送れると我々にも教えてくれた。
味わい深いオシム語録はもう更新されないと思うと寂しい。
<関連記事> ユーゴ監督時代のこと
2007年7月22日「オシムとPK」
http://yamaken38.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_f6df.html
<関連記事> 脳梗塞で倒れる
2007年11月17日「がんばれオシム! その2」
http://yamaken38.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_a2d3.html
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