・小春日和 銀杏の黄葉をもとめて(神宮外苑、明治通り他)
先週の金曜日は健康診断だったので、いっそのことと思い休暇にした。朝一番からの検査は10時には終わり、今日のプランを心の中で反復しながら,ようやく朝食を口にする。
1.明治神宮外苑の「いちょう並木」
私にとって、東京の銀杏といえば、外苑の「いちょう並木」だ。上の娘が小さい頃、銀杏の黄色のじゅーたんの上に座ったいい表情の写真が残っている。何もかも昔のことだ。
ぽかぽかした小春日和の陽気の中たどり着くと、見事な「いちょう並木」が今をさかりと輝いていた。青山通りから樹高順に絵画館を大きくみせる遠近法を使って、大正12年に出来上がったとのことで、随分歴史がある。
平日なのにさすがに人が多い。幼稚園の遠足、高齢の元気な女性の団体、営業マンらしき姿の男性、どこかの絵画サークルなど多彩。介護施設のバンが横付けされた。車椅子にのった高齢者が数名降ろされる。「いちょう並木」を見て豊かな表情をしている。母もこのようなサービスを受けさせてもらっているだろうか。
2.目白通りの銀杏
神宮外苑から、表参道へ足を延ばす。こちらはけやき並木。昼食をとって、所用をこなすため池袋へ。終わった頃には、午後の日差しが弱くなりかかっていた。
JR目白駅で下車。学習院大学に沿って目白通りを山手線の中へ向かって歩き始める。この通りの銀杏並木も見ごたえがある。銀杏を見に来ている人は私ぐらいで、生活道路として皆往来している。初めて学習院大学キャンパスに足を踏み入れてみる。学内にもりっぱな銀杏が植わっていた。かなり木が太い。あまり学生はいない。なぜだろう。
再び目白通りに戻って歩き出す。明治通り、都電荒川線をまたいでいる。明治通りとの立体交差が千登世橋、荒川線との交差が千登世小橋だ。
帰宅してから調べて見ると千登世橋は、昭和7年に架けられた当時としては珍しい立体交差橋だったとか。「東京都の著名橋」に指定され、平成2年には保存のための工事が施されたようだ。橋から明治通りへ降りる階段もあったようだ。残念ながら見過ごしてしまった。
3.のぞき坂と明治通りの銀杏
目白駅から千登世橋と千登世小橋を越えて少し行くと、高田馬場方面へ右折する道がある。そこが今日のお目当ての「のぞき坂」の坂上である。急な坂が眼下に広がってきた。ここも単なる生活道路で、観光客というか、おのぼりさんは誰もいない。交通量は少ないが時折車が通過していく。下りはブレーキ全開。上りはアクセル全開だ。早速下ってみる。眼下の海が見えると神戸・長崎の気分になるような風景だ。
意外なことに東京は坂の街なのだ。
下りきって右折すると、明治通りと並んで走っている都電荒川線の「学習院下」駅にたどり着く。
早稲田を出た荒川線は、神田川に沿って西へ進路をとる。「面影橋」駅を経てしばらく行くと大きく北へ方向転換する。やがて「学習院下」駅だ。ここから緩やかな傾斜が「鬼子母神」駅まで続く。「学習院下駅」から進行方向をみると、左手には明治通りの街路樹として植えられた銀杏の見事な黄葉と、木々に囲まれた線路の正面の先にサンシャインビルが見え、都会のオアシスの絵になる風景だ。
4.鬼子母神の銀杏
今度は「のぞき坂」を登ってみる。幸いなことに登り切ったところで息は切れていない。よし!。そのまま鬼子母神へ向かう。鬼子母神は子供と安産の守り神で各地にある。ここは雑司が谷鬼子母神。境内にある銀杏は、600年あまりの長寿だそうで、樹高30m、幹周8mの大木だ。さすがに黄葉はなく大きさと威厳に圧倒される。
以上、銀杏を求めた小さな旅は終わりだ。万歩計は25000歩を軽く刻んでいた。
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2008年12月1日「銀杏の黄葉が教えてくれる 秋から冬へ」http://yamaken38.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-76d6.html
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