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2007年10月31日 (水)

・修学旅行のお土産 赤福餅

「伊勢の名ぶーつ。赤福餅はえじゃないか」の赤福餅、御福餅がいわゆる製造日・消費期限などの表示不正などの問題にさらされている。

関西出身の私の小学校の修学旅行は伊勢であった。伊勢神宮・二見が浦・真珠の養殖場などを見てまわった。古い旅館で枕投げもした。ちなみに関東出身の我が娘たちの修学旅行は日光であった。

当時は蒸気機関車だった。トンネルに入ると煙が車内にこないよう窓を閉めるように事前に先生から指示があった。私の席の連中は将棋を指しに他のボックスへ移動して、一人になっていた。窓の上げ下げは硬くて、子供一人ではなかなか大変であった、そこで日よけのカーテンを下げて対応しようとしたが、煙がどんどん入ってきて、先生が飛んできて閉めてくれた。当然怒られた。

もうひとつ時代を偲ばせる出来事。

ご近所のおばさんたちからおこずかいをもらったことだ。

当時はまだ、「修学旅行は一生の大行事」の名残りがあった。私の母も近所の子供が小学6年生になると、修学旅行のおこずかいを渡していた。

そして貰った子供は、赤福餅の一番小さい箱を買ってきて、帰ったその日に「行ってきました」と言って配って回ったものだった。

今のように(と言っても今は無期限販売停止中だが)、各地のキヨスクで買えなかった昔のことである。

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» 赤福さん、父ちゃんはショックです(泣) [♪住友林業の家で過ごすECOな生活]
「赤福」の再出荷・再利用、社内では“常識”だった(読売新聞) - goo ニュース父ちゃんはアズキが嫌いでした。元来、豆ぎらい。それが、初めて食べれるようになったのが、赤福のおかげ。堺市立の小学校に通っていた6年生の時の修学旅行、行先は伊勢。学校の先生がお土産として、「赤福」を何箱買うかクラス内の生徒に質問した。父ちゃんは赤福を知らなかったから、修学旅行から帰ってきたときにその赤福とやらを楽しみにして待った。すると、嫌いなアンコ。でもがんばって食べてみたらこれがまたおいしい。その時、ようやく「こしあ... [続きを読む]

受信: 2007年11月 7日 (水) 07時16分

» 赤福お福 [t-catの徒然寄稿]
小学生の頃は大阪在住だった私の修学旅行先は 三重県の伊勢神宮でした。 お伊勢さんといえば、赤福です。 おみやげの代名詞です。 まず、必ず、1つは買って帰る品です。 学校で定められたお小遣いでは 餅買っただけで終わってしまいます。 だからでしょうか、 学校側がおみやげ用餅の事前購入を斡旋してました。 あらかじめ必要個数を申し込んでおくと、 帰宅時に持ち帰れるというシステム。 当時は宅配まではしてくれませんでしたが、 なけなしのお小遣いが餅代に消えることがない上に 餅持って歩かなくても良いという、 ... [続きを読む]

受信: 2007年11月 7日 (水) 20時50分

コメント

コメント&トラックバックありがとうございます。
父ちゃんは御木本真珠島に行ったこと、今はありませんけどブラジル丸なんかを覚えています。思い出と違って食べ物は、昔の経験が今でもできるすべての人の形ある共通の思い出なので、なくなってしまうと寂しいですね。無性に食べたくなります。
また駅に並ぶといいですね。父ちゃんも買いますよ。
爆発的に売れてほしいですね。
ブログを見て思い出しました。隣のおばちゃんが1000円をくれたこと。
赤福をお返ししましたよ。またひとつ思い出が帰ってきました。
ありがとうございました。

投稿 父ちゃん | 2007年11月 7日 (水) 07時06分

★ TBとコメントありがとうございます。家族や職場の人に修学旅行に行く時におこずかいをもらった、というと誰も信じてくれません。「なんでですか?」ときかれる始末。
証言者が現れて心強く思っています。

投稿 やまけん | 2007年11月 9日 (金) 00時09分

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