・女子マラソン 北京五輪の代表は誰に? ② 大阪世界陸上で土佐礼子に1枚目の切符
世界陸上の女子マラソン。2時間10分台の自己記録を持つヌデレバ、周春秀が、夏のマラソンでも番付どおり1位、2位になった。土佐礼子が粘りで3位に入り、自動的に北京オリンピック3枚の切符の内の1枚目の獲得者(内定)となった。
スピードレースになれば土佐では太刀打ちできないだろうけど、夏の北京だから今日みたいな展開になるとチャンスはあるかも知れない。
後2枚の切符を3つのレースで、シドニーの金メダリスト高橋尚子、アテネの金メダリスト野口みずきを含む有力選手が争うことになる。
女子のマラソンは五輪ではまだ6回しか行われていない。日本選手の記録と選考の問題をまとめてみた。
1.1984年ロサンゼルス五輪
優勝 ベノイト(アメリカ)
日本選手 佐々木七恵(19位)、増田明美(棄権)
※ アンゼルセンが意識もうろうとしてゴールし、世界の感動を呼び、16km過ぎに途中棄権した増田は非難にさらされ、後に引退会見を開く。(その後復帰)
2.1988年ソウル五輪
優勝 モタ(ポルトガル)
日本選手 宮原美佐子(29位)、荒木久美(28位)、浅井えり子(25位)
3.1992年バルセロナ五輪
優勝 エゴロワ(ロシア)
日本選手 有森裕子(2位)、山下佐知子(4位)、小鴨由水(29位)
選考
選考会議直前に「メダルを取りますのでぜひ選んでください」と松野明美が記者会見をする事件があり、社会的な関心を呼んだ。
選考対象レースが3大大会の他に世界陸上がからみかつしっかりしたルールがなかったことが混乱の一因に。
まず、東京の世界陸上で2位になった山下に早々内定が出る。
東京 :谷川真理優勝
大阪 :小鴨由水優勝
名古屋:大江光子優勝
大阪優勝の小鴨は日本最高記録と初マラソン世界最高を刻む。2枚目の切符は小鴨に。
この大阪、2位の松野、4位の山本まで日本最高であった。
東京の谷川真理、名古屋の大江光子は優勝するもタイムは平凡であった。
3枚目の切符を、大阪2位(日本最高)の松野、谷川、大江と夏の世界陸上4位の有森で争うことになった。その直前の松野の会見であった。結局、有森が暑さと勝負強さを買われ選ばれ、結果的に本番で銀メダルをとった。
小鴨は大阪を所属のダイハツのエース浅利純子のペースメーカーとして走り、大記録を打ち立ててしまった。怪我をおして五輪に出たが惨敗。翌年にはダイハツを退社。事実上引退した。選考会に優勝したことがマラソン人生を狂わせてしまった。
4.1996年アトランタ五輪
優勝 ロバ(エチオピア)
日本選手 有森裕子(3位)、真木和(12位)、浅利純子(17位)
選考
選考レースは3大大会に五輪が夏に開かれるということで夏の北海道マラソンが加えられたがこれが選考を混乱させる。
北海道:有森優勝
東京 :浅利優勝
(勝負どころでの転倒を乗り越えて)
大阪 :鈴木博美2位(日本人1位)
名古屋:真木優勝
4人の中で、最もいいタイムが大阪2位の鈴木であったこと。北海道が例年になく涼しい好条件だったわりには有森のタイムがよくなかったこと、真木は名古屋が初マラソンだったことが混乱の原因だった。結局優勝した3人が選ばれた。今回も有森がぎりぎり滑り込み、本番で銅メダルと取るという皮肉な結果となる。
有森はバルセロナのあと怪我等に苦しみ、引退直前まで追い込まれた経緯があり、この銅メダルに対して「自分で自分をほめてあげたい」とインタビューで答え、流行語大賞に選ばれる。
落選した鈴木博美は、五輪の翌年のアテネ世界陸上で優勝。五輪は10000mで2回出たが、マラソンには縁がなかった。
5.2000年シドニー五輪
優勝 高橋尚子
日本選手 高橋尚子(優勝)、山口衛里(7位)、市橋有里(15位)
選考
五輪での金メダル最有力候補は高橋であり、どう高橋を確実に選び、ベストのコンディションで五輪を迎えるかに関心が集まったが、またしても混乱し選考は社会的事件となった。
選考レースは3大大会に世界陸上が加えられた。世界陸上はメダルをとれば自動内定というインセンティブが付け加えられた。3人メダルをとれば3枚の切符は3大大会を残し、完売される危険もあったいいかげんなルールであった。(恐れたことは起こらなかった)
世界陸上は、3大レースに先立ち、1999年8月のセビリア(スペイン)で行われた。ここで高橋に内定が出るはずであったが、怪我のため小出監督の必死の説得で当日出場断念。その大会市橋が2位になり、事前約束どおり内定第一号となる。
世界陸上:市橋2位 2時間27分02秒
東京 :山口優勝 2時間22分12秒
(日本歴代2位、今も東京の大会記録)
大阪 :弘山晴美2位 2時間22分56秒
(シモンに最後に抜かれ2位)
名古屋 :高橋優勝 2時間22分19秒
世界トップレベルのタイムを出しながらの弘山の落選は、仕方がないことであったが、単純にタイムでなぜ市橋を選んだかとの世論が盛り上がり、市橋は苦しむことに。
市橋は弘山の中学の後輩。市橋は、教育実習で母校に来た弘山の授業を受けたことがあるというエピソードまで紹介された。
市橋もバルセロナの小鴨と同様オリンピックの後、若くして実質引退することになる。
金メダルの高橋はすんなり名古屋で優勝したわけではなかった。
欠場した世界陸上の後も怪我が続き、五輪までの調整期間が短い最後の名古屋まで選考レースに出られなくなった。その名古屋も直前合宿で体調を崩し、極秘入院する事態まで追い込まれ、充分でない状態での出場であった。
前半名古屋固有の風が吹き、高橋は2番手に自重。中間点のタイムは、倍にすると2時間25分を超え弘山との選考が微妙になるものであった。後半驚異的なタイムで追い上げ切符を手にした。
前半自重したのか、体調不良ででれなかったのか。自分を信じないとできないりっぱなレースであった。シドニーの金よりもすごいレースだったと私は評価している。
6.2004年アテネ五輪
優勝 野口みずき
日本選手 野口みずき(優勝)、土佐礼子(5位)、坂本直子(7位)
選考
選考レースは3大大会に世界陸上と前回と同じ。今回世界陸上は、日本人最上位でメダル獲得者は自動内定とより明確にされた。
パリ世界陸上で高橋とともにメダル候補の野口が2位に入り、アテネ代表に自動内定。まずは順調。
ちなみに、優勝はヌデレバ。(アテネでは野口優勝、ヌデレバ2位と逆転。)
千葉真子が3位、坂本は4位(アテネ選考レースの大阪では坂本優勝、千葉2位と逆転)
東京: 高橋2位(日本人1位)2時間27分21秒
大阪: 坂本優勝 2時間25分29秒
名古屋:土佐優勝 2時間23分57秒
シドニー金メダルの高橋は、世界陸上を回避して東京に参戦。他の有力選手は高橋を避けて大阪へ。高橋の楽勝かと思われたが後半ガス欠で2位。小出監督はそれでも内定は硬いと名古屋の再挑戦を回避。
有力選手が集まった大阪は牽制しあいで異常なスローぺース。後半勝負どころで飛び出した坂本が見事な走りで制す。でも牽制でタイムは悪い。
野口、高橋、坂本で決まりかと思われた消化試合の名古屋で後半追い上げた土佐が高橋・坂本の記録を上回るタイムを出す。大阪の前半の牽制で坂本の優勝タイムが遅かったことが混乱の要因に。
結局、高橋内定をほのめかしていた陸連は、優勝・タイムという客観的事実を前面に出して、金メダリスト高橋を落選させた。
私は、陸連は安易な決定をしたと思っている。結果は土佐が五輪で5位に入る健闘をしたが、野口・高橋・坂本とすべきだったと思う。
さて、アテネ金メダルの野口、世界陸上を回避して東京に照準を合わせている。渋井陽子が出そうなので4年前とは異なるが、高橋の二の鉄を踏まないことを祈る。渋井は前半やけくそに飛ばすだろうから、いかに見極めるかがポイントだ。
7.強い人が勝つのではなく、勝った人が強い
1985年に、その後13年間破られなかった世界最高記録を出したノルウエーのクリスチャンセンはオリンピックのメダルを取れなかった。
2003年に驚異的な世界最高記録を打ち立てたイギリスのラドクリフもアテネでは途中棄権でメダルは取れなかった。この記録もクリスチャンセンと同じぐらい長く世界最高記録のままであろう。
北京は環境汚染の中の暑い夏のレースとなる。誰が制するのだろうか。日本人はメダルをとれるであろうか。
<関連記事>
2007年8月30日 「女子マラソン 北京五輪の代表は誰に? ①」
http://yamaken38.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_22d1.html
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