« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年8月30日 (木)

・女子マラソン 北京五輪の代表は誰に? ①

世界陸上、2日(日)はいよいよ女子マラソン。日本人最高位でメダルをとれば、自動的に北京五輪3枚の切符の内、1枚目の獲得者となる。挑戦者は、土佐礼子、原裕美子、小崎まり、橋本康子、嶋原清子の5人。

ここで内定者がでれば、残り2枚の切符を東京・大阪・名古屋の3レースで争うことになる。内定者がでなければ、3枚の切符を3レースで争うことになる。

応援して内定者が出るほうがいいのか、そうでないのか微妙なところ。

北京で5大会連続のメダル、3大会連続の金メダルを狙うにはどんな布陣がいいのだろうか。まず、野口みずきはシードしたい。後は誰だろう。

・高橋尚子は、小出監督の元を離れて復帰できるだろうか。

・坂本直子は、アテネ後けがでマラソンを走っていない。間に合うだろうか。

・渋井陽子は、野口につづく自己ベストを持っているが、ムラが多い。

・土佐礼子は、安定しているがメダルは無理だろう。

・原裕美子は、冷静にレースを展開できるだろうか。

・福士加代子がマラソン転向と言う報道もあったが、初マラソンが選考会では困る。

・新谷仁美を押してみるか。まだ19歳。高橋の後継者と言われる逸材。高校駅伝で3年連続花の1区で区間賞。2年・3年は区間新。オリンピックが後2年先だったらと思うが将来性を買ってみたらどうか。

とすると、①野口 ②原or高橋or土佐 ③新谷 がベストか。

シドニー、アテネに比べると一回り小粒。②枠の健闘次第。

北京と同じ暑い夏の大阪。ヌデレバ・周春秀の他は外国有力選手はあまりいないようなだが、ここで勝った選手に1枚切符をあげてもいいような気がする。原を応援するか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

・顔面神経麻痺6週間経過

顔面神経麻痺発病から6週間経過。

筋肉注射もなくなり、自然治癒を待つばかり。

瞼を閉じるのもかなりコントロールできるようになってきた。でも反応が遅い。顔を洗う時、普段無意識に目をつぶっているのが遅れる。水がまだ開いている目に直接あたってしまう。かなり痛い。

目はまだかすんで見える。ここらがちょっと心配。

発病当時を知っている人は「随分良くなったね」と言ってくれるが、久々に会った人は向こうから「どうしたの。その顔」と言う。まだまだか。

<関連記事>

200788日 「顔面神経麻痺3週間経過」

http://yamaken38.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_44d8.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月28日 (火)

・母は認知症&糖尿病患者である

1.認知症

もともと整理がへたなうえに、妙なところにいろんなものを隠すので、自分でも何をどこにしまったか忘れてしまって、昔から貴重品がよく無くなっていた。認知症の進行と、元々のもの忘れの区別がつきづらく、早期に手当てをすることができなかった。はっきりしているのは、父が財産整理の意図で一戸建ての自宅の売却を母に相談無く進め、近所に住む姉夫婦の離れに二人で移ってからおかしな行動が目だちはじめたと言うことだ。

完全に正常な判断ができなくなった今でも、口が悪い。みんなに世話になっているのに、人の悪口や文句のオンパレード。若い時からそういった言動の多い人だった。

認知症で表れる性格は本人のもともとの性格と関係あるのかどうかわからないが、周りから認知症になっているにもかかわらず、地が出たと思われ、あまり同情されていない。

2.糖尿病

母が糖尿病を発病してから30年弱になる。1日に4回(3食前と寝る前)、血を採って血糖値を測定し、血糖値に応じたインシュリンを注射してきた。これに食事制限と食後の運動(主に散歩)が加わる。認知症が進行したためこの管理は今は自分ではできない。長年の血糖値の不安定やインシュリン注射が認知症に影響したのであろうか。医学的には関係ないということかもしれないが。

3.介護施設

認知症と糖尿病。双方可という施設は少ない。さらに口が悪く、手も出て、職員や他の入居者に危害を加えるので、なかなか入居にはいたらない。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年8月26日 (日)

・女子ゴルフ 女王不動今季2勝目

ヨネックスレディースは、不動が勝ち今季2勝目・通算42勝目をあげた。上田桃子が追い上げたが、最後に女王の技を見せて逃げ切った。

解説の杉本英世が上田を称して、「近いうちに世界で戦える」と賞賛していた。桃子のブログが「待ってろ世界!」と知ってしゃべったのだろうか。

さて、不動。今回もハウスキャディを使っていた。専属キャディを使うと気をつかうので、その場限りのハウスキャディを使っているのはないか。お父さんやコーチをキャディにして、頼っている他の選手とは一味異なる。

プロの専属キャディなのか、身内なのか、研修生なのか、シードを持たないプロが勉強のためやっているのか、コーチなのか等、キャディが誰か説明してもらえると、さらに興味深い放送になるのだが。(そんなこと思うのは私だけ?)。

不動。優勝インタビューもうちょっとなんとかならないか。

「パットがはいるようお祈りしてました。」

女王らしく、ラインをどう読んだかとか説明してほしかった。

まさか、企業秘密を守るためカカトトぶったのではあるまい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年8月25日 (土)

・「無縁坂」♪グレープ 1975年

「無縁坂」は、さだまさしが吉田政美と組んで活動していたフォークデュオ「グレープ」の「精霊流し」とならぶ代表作。

無縁坂は東京都台東区池之端にある。昔,坂の上に身元のわからない死者を葬ったといわれる無縁寺があったため無縁坂と呼ぶようになったとか。森鴎外の代表作「雁」の舞台にもなっている。

東に上野の森と不忍池。西に東京大学。舞台はそろっている。

「無縁坂」はさだまさしの作詞・作曲。1975年から76年にかけて放映されたテレビドラマ「ひまわりの詩」の主題歌。このドラマは、池内淳子が、<血のつながっていない子供をわが子のように育てる>シリーズのひとつで、「つくし誰の子」などとともに放映されたように記憶している。今は認知症になった母が熱心に見ていた。「ひまわりの詩」は私も見ていた。

池内淳子の他には、三浦友和、白川由美、池上季美子がでていたような気がする。30年以上前のことで不確かだが。

「無縁坂」がこのドラマにはまっていたという印象が今も残っている。

さだまさしは好き、とは言えないがこの詩は本当に良く出来ていると思う。

1.人生を、坂を登ることにたとえている。その名は無縁坂。

2.坂の下を振りかえって見てはいけないといっている。坂の下には不忍池。

この坂を歩いてみた。東京へ出てきて随分たつし、「無縁坂」が好きなのにもかかわらず初めてであった。ちょっと感傷的になった。

母がまだ若い頃 僕の手をひいて

この坂を登る度 いつもため息をついた

ため息つけばそれで済む

後ろだけは見ちゃだめと

運がいいとか 悪いとか

人は時々口にするけど

そうゆうことって確かにあると

あなたをみててそう思う

忍ぶ忍ばず 無縁坂

かみしめるような

ささやかな 僕の母の人生

母はすべてを暦に刻んで

流して来たんだろう

悲しさや苦しさは きっとあったはずなのに

忍ぶ忍ばず 無縁坂

かみしめるような

ささやかな 僕の母の人生

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月24日 (金)

・福岡市職員また飲酒事故

福岡市の職員が飲酒運転にて前方の乗用車に追突、幼い子供3人の命を奪ってから1年になろうとする、23日、また福岡市の職員が飲酒運転で事故を起こした。

今回の事件は、原付バイクを酒気帯びで運転中の市職員が、乗用車と衝突。本人が重症を負ったというもの。乗用車の運転手は無事。酒気帯びを除くと事故の責任はどちらにあるのかはニュースでは不明。

1年前の事故とどう違うのだろうか。原因は同じ飲酒運転。結果は、一方は子供3人の命を奪った、他方は自損、大きな差がついてしまった。刑事罰も大きな差がつくだろう。

酒好きの友人とゴルフに行く。ハーフを終えて軽くジョッキ1杯。ゴルフよりもこの1杯が楽しみだと言う。一人の友人は1年前の事故以来、この1杯を止めた。午後もハーフでたっぷり汗をかくのだし、その後風呂にも入る。酒の強い彼なら酒は残っていないだろう。運転にも問題ないだろう。万が一、事故や検問で微量でも酒が検出されたら、懲戒解雇になるという。事故直後の彼の会社は規定化したのだ。

もう一人の友人は、ジョッキ1杯が飲みたくて車で行くのを止めた。

私は幸か不幸か酒が1滴も飲めない。1杯をやめろと言わなくいい友人たちなので助かる。

世間では、あの悲惨な事故を教訓にしている。

福岡市。当然今回の事故を起こした職員は懲戒解雇だろうね。42歳とか。家庭はあるのだろうか。でも厳罰にしないといけない。

問題は一緒に飲んでいた市の職員9人。原付バイクで通っているのは当然知っていただろう。「バイクは置いて帰ると思っていた。」というのだろうか。こちらも厳しい処分が必要だ。戒告・訓告ではだめだ。大きな経済的打撃が必要だ。

刑罰の心は、本人への再生教育と他者へのみせしめ。同僚への処分にも注目したい。マスコミの皆さん。ちゃんと報道して下さいヨ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月23日 (木)

・サッカー 北京五輪最終予選初戦 勝つには勝ったが

サッカー 北京五輪最終予選。日本はサウジ、カタール、ベトナムとホーム&アウエーで1枚の切符の獲得を目指して戦う。

まず初戦。22日、ホームで格下、ベトナムと戦った。まずは勝ち点3、次に得失点のリードが課題であったが、最低目標の勝ち点3のゲットにとどまった。1-0の辛勝。

GK:西川、DFでキャプテン:伊野波を怪我で欠いたこともあるけど、チームに全く覇気がない。2次予選で少しはチームにまとまりがでてきたと思ったが、元の木阿弥。

なんと情けない試合だったことか。U-20から合流した柏木がけなげに動き回っていたが、チームとして機能していない。水野がたまらず孤軍奮闘するが、ちょっとやけくそ気味でクロスの精度が低い。

水野、本田圭、家永、水本、伊野波とタレントが揃っているのにどうしてだろう。

谷間の世代といわれながらも、集団食中毒の中、苦しい最終予選を勝ち抜いたアテネ世代。選手の懸命さに国立は燃えた。

先輩たちの懸命さ、U-20たちのはつらつさ、見習ってほしい。

反町監督の評判も悪い。オシムの後は日本人監督を期待もするが、アテネの山本に続き、反町も指導力不足を証明してしまっては、まだ早いと思わざるを得ない。

9月のサウジとカタール戦。不安一杯だ。

平山に替えて、森本を呼ぼう。

サウジがアウエーでカタールに負けた。やっかい。

サウジはホームでの日本戦は背水の陣でやってくる。今回のような性根のはいってない戦いではやられる。不安一杯だ。

カタールはベトナムから国立へやってくる。ベトナムの湿気で体力を消耗してやってきてほしい。他力本願。


<日程>

08月22日 ○ベトナム(ホーム)

09月08日  サウジアラビア(アウエー)

09月12日  カタール(ホーム)

10月17日  カタール(アウエー)

11月17日  ベトナム(アウエー)

11月21日  サウジアラビア(ホーム)

<関連記事>

2007613日 「サッカー北京五輪最終予選組合せ決定

http://yamaken38.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_caf9.html

| | コメント (1) | トラックバック (1)

・サッカー 遠来のカメルーンに勝つ

サッカー日本代表。アジアカップ4位の後、初の国際試合。22日、ホームで、FIFAランキング16位(日本は41位)のカメルーンと対戦。2-0で勝利した。

カメルーン。ヨーロッパで活躍する選手を即席で集めて、遠い極東の地へ直前にやってくるのだから、FIFAランキングの差はちょうどいいハンデだ。

田中闘莉王、田中達也、大久保嘉人の気持ちが前へ出る選手が入ったので,アジアカップと比べると随分躍動感が見られた。

闘莉王、山瀬のシュートは、いいシュートだった。

田中達也のスピードは、かねてより世界で通用するか見たかったが、まず、第一関門は通過。体の大きなディフェンダーに体を預けられたら、どうかな。もう少し世界レベルの試合で見てみたい。

アジアカップで精彩を欠いた加地も良かったのではないか。でも課題の両サイドは、加地・駒野を超える選手がほしいところ。オリンピック世代待ちなのか。

後半、選手を入れ替えてから劣勢に。自陣ゴール前でクリアしたボールが、簡単に相手に渡ってしまう。クリアボールをつなげて、時間を稼ぎ、一息つく技術が足りない。ここらは地力の差ということか。カメルーンが普通の状態だったらいくつか決められていただろう。オーストリアみたいに。

<今回の選手メンバー>

GK:川口、楢崎

DF:中沢、田中闘莉王、加地、駒野

MF:橋本、鈴木啓太、今野、中村憲剛、

   遠藤、大久保、阿部、山瀬

FW:田中達也、前田、高松、佐藤寿人

はアテネ五輪代表選手、は予選を戦った同世代の選手

山本昌邦アテネ五輪監督が「アテネ初ドイツ行き」をキャッチフレーズにしても、まったくジーコに相手にされなかった谷間の世代。こうやって代表の主力になってきた。

見方によっては今の代表の個の力が弱いということなのか?。

今後海外組みや北京五輪組みが組み込まれてきても、はじき出されることなく生き残ってほしい。アテネへいけなかった鈴木啓太のように。

<オシムジャパンに呼ばれていない主なアテネ世代>

松井、茂庭、石川。不祥事を起こした菊地もいた。

茂庭はどうしているのだろうか。DF不足のオシムジャパン。調子が悪いのか。オシムのお目にかなわないだけなのか。

| | コメント (2) | トラックバック (6)

2007年8月21日 (火)

・東京電力フル稼働

東京電力の最大電力が、今日6013万キロワットになり、この夏一番を記録。6230万キロワットの供給準備量に迫った。

長期のお盆休みを取った会社や工場が今日から本格的に通常ベースに戻ること、猛暑日が予想されること、高校野球が準決勝を迎えることなどから、東電では、データ改ざんで停止処分を受けていた塩原水力発電所の緊急運転、「随時調整契約」先の供給制限、そして順次停電などの緊急時対策を発動の準備をして今日に臨んだそうだ。

中越沖地震で放射もれなどの問題を起こし停止中の柏原刈羽原子力発電所の約700万キロワットのロストがこたえていることになる。

首都圏東京の生命線、電力供給も随分危うい基盤に成り立っているようだ。原発の果たす役割も大きい。原発の功罪も暑い暑いとクーラーを入れている時にも、頭を特に冷やして考えないといけない。

東京は、

18日(土)最高 27.4℃   最低 24.2℃

19日(日)最高 32.4℃   最低 25.0℃

20日(月)最高 35.9℃   最低 27.4℃

21日(火)最高 36.2℃   最低 26.3℃

となっている。

土曜日がお天気お姉さんのいうように涼しかっただけに、再びの猛暑日はこたえる。

★23日追記
東京電力は22日、「随時調整契約」を結んでいる23件の顧客に対し、午後の電気使用を控えるよう要請。同契約の履行請求は17年ぶり。塩原水力発電所の緊急稼働も実施した。供給6250万キロワットに対して、14時から15時までの平均が6147万キロワットとなった。調整停電には至らなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月17日 (金)

・74年ぶりの暑さ

2007年8月16日。

岐阜県多治見市と埼玉県熊谷市で最高気温40.9℃を記録し、1933年7月25日に山形県山形市で記録した40.8℃を74年ぶりに更新した。

全国に観測地点が924あるそうだが、このうち25地点で観測史上最高気温を更新したとのことだから、74年前の一地域のフェーン現象によるものとは根本的にことなる暑さだ。各都道府県で最も警戒が必要な「運動の原則中止」を求めているそうだ。そんな宣言があるらしい。

今日8月17日も暑かった。東京は昨日より暑かった。3日連続の猛暑日。お天気お姉さんは暑さは今日がピークと言っているが、どうなることやら。

東京は、

14日(火)最高 34.1℃   最低 27.8℃

15日(水)最高 35.7℃   最低 27.7℃

16日(木)最高 37.0℃   最低 29.4℃

17日(金)最高 37.5℃   最低 28.2℃

となっている。

気象庁の観測地点は、直射日光に当たらないいわば涼しいところで測定している。実際はさらに3~5度高いのが実勢気温だろう。

あさって日曜日はゴルフ。各地で熱中症による死者が伝えられている。お天気お姉さんの言うとおり、日曜日は猛暑日でないことを祈るばかりだ。

<関連記事>

2007812日 「新人「猛暑日」大活躍」

http://yamaken38.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_f440.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

・「傘で目を突かれ重体」事件から1ヶ月

俗に言う三面記事。幼い子を親が虐待。認知症の夫を介護疲れの老いた妻が殺す。振り込め詐欺で虎の子の老後資金を失う。など、暗く、悲惨で、救いようのないニュースが多い。でも、あまりの多さに、ひとつひとつの事件は印象に残らず、記憶から消えて行く。

そのような中で、妙に引っかかって印象に残る事件もある。なにかが心のひだに触れるのかもしれない。次のニュースも印象深いニュースのひとつだ。

7月15日18時38分配信の毎日新聞。被害者の住所氏名を削除等して引用させていただく。

>>>

15日午前5時15分ごろ、埼玉県富士見市西みずほ台1の市道で、私立大1年生(19)と友人の男性(18)が、すれちがった男に「何見てんだよ」と因縁をつけられ、もみ合いになった。私大生は男にビニール傘で左目を突かれ、病院に運ばれたが意識不明の重体。男は走って逃げた。友人にけがはなかった。県警東入間署が傷害容疑で捜査している。

調べでは、男は30歳前後で身長約170センチ。私大生は近くの友人宅に行く途中だった。現場は東武東上線みずほ台駅から北西に約200メートルの住宅街。

>>>

1ヶ月前のことだ。その後私大生の容態がどうなったか、逃げた男は捕まったのかなどの報道はされていないように思う。気がつかなかったかもしれないが。

マスコミにとっては小さな事件のひとつに過ぎなかったのか。なにか他に事情があるのか。

一瞬の感情の起伏がもたらした事件で、私大生、友人、逃げた男の人生は急転した。

この事件が私の心に残ったのは、日々の生活の中で、私自身、私大生にも、友人にも、逃げた男にもなる可能性を感じたからだ。殺伐とした生活の中で、いつ一瞬の感情の起伏に巻き込まれるかわからない。恐怖さえ感じる。

友人は大変だろう。有言、無言の非難の声。さらに強く自己嫌悪。

一瞬の事件でどうしようもなかったのであろうが、大きな荷物を背負い込んだ。

この記事も友人の証言で構成されているのではないか。友人の証言もその信憑性が問われるかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月12日 (日)

・新人「猛暑日」大活躍

連日全国各地で猛暑日の報道。今年(今年度)から35度以上の日を「猛暑日」と気象庁は呼んでいるが、この「猛暑日」、連日マスコミは「今日も猛暑日になりました」と叫び、大活躍。

東京は、

 9日(木)最高 34.0℃   最低 27.0℃

10日(金)最高 35.7℃    最低 27.7℃

11日(土)最高 36.4℃   最低 28.1℃

12日(日)最高 33.6℃   最低 26.7℃

となっている。

今日は、昨日・一昨日の「猛暑日」を脱し、風もあって少し涼しいと感じてしまうほど。33℃なのに。熱帯夜がおさまらないと睡眠不足で疲れてしまう。

我が家は寝る時クーラーは入れない。窓を開けて寝る。マンションの中位階だが風はない。

はやり地球温暖化は深刻だ。クーラーも熱を発する。そのうちクーラー禁止法なる法律ができそうだ。J-SOXより国民のためになりそうだ。

R25」の最新号の記事に【「熱射病」と「日射病」】というのがあった。なるほど記事にあるように子供の頃は「日射病に気をつけろ」と言われた。今は「熱中症」。

「熱中症」は、「熱射病」や「日射病」の総称で、無理にわける必要性がないので、「熱中症」と呼んでいるそうな。

近い将来40度以上になった日と、最低気温が30度以上になった日の呼称が必要になりそうだ。「酷暑日」、「灼熱夜」とか。

<関連記事>

2007506日 「連日の夏日! 本当の夏がおもいやられる」

http://yamaken38.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_29ba.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月11日 (土)

・追悼! 阿久悠

8月1日。作詞家阿久悠がなくなった。私は戦後後期の作詞家と言えば、阿久悠となかにし礼と思っていたが、売り上げや作品数では圧倒的に阿久悠のようだ。

また、森昌子、桜田淳子、岩崎宏美、ピンクレディなど生んだスカウト番組「スター誕生」の審査員を務め、同番組からデビューした歌手の作詞もてがけた。が、なぜか大スターになった山口百恵には書いていない。

私の高校生から大学生の頃に一番作品を世に出した。当然印象に残る作詞家だった。なにか追悼文をと思ったがうまく書けないまま、日が過ぎてしまった。

阿久悠のオフィシャルホームページに「音楽作品-本人選261作品」が掲載されている。

この中から私の「i-Pod」に収納されている71曲を写経の気持ちで入力して追悼としたい。

1969年

「白いサンゴ礁」ズーニーブー

1970年

「白い蝶のサンバ」森山加代子

「笑って許して」和田アキ子

「港町シャンソン」ザ・キャラクターズ

「真夏の嵐」西郷輝彦

「ざんげの値打ちもない」北原ミレイ

1971年

「また逢う日まで」尾崎紀世彦

「さらば涙と言おう」森田健作

「昨日、今日、明日」井上順

「天使になれない」和田アキ子

1972年

「友達よ泣くんじゃない」森田健作

「京都から博多まで」藤圭子

「この愛に生きて」内山田洋とクールファイブ

「あの鐘を鳴らすのはあなた」和田アキ子

「せんせい」森昌子

1973年

「若草の髪飾り」チェリシュ

「ジョニーへの伝言」ペトロ&カプリシャス

「コーヒーショップで」あべ静江

「絹の靴下」夏木マリ

「わたしの青い鳥」桜田淳子

「みずいろの手紙」あべ静江

「冬の旅」森進一

「五番街のマリーへ」ペトロ&カプリシャス

1974年

「円舞曲」ちあきなおみ

「お手やわらかに」夏木マリ

「ひまわり娘」伊藤咲子

「かなしみ模様」ちあきなおみ

「木枯らしの二人」伊藤咲子

「はじめての出来事」桜田淳子

1975年

「二重奏(ヂュエット)」岩崎宏美 

「乙女のワルツ」伊藤咲子

「ロマンス」岩崎宏美

「時の過ぎゆくままに」沢田研二

「下宿屋」森田公一とトップギャラン

「乳母車」森田公一とトップギャラン

「センチメンタル」岩崎宏美

「北の宿から」都はるみ

1976年

「ファンタジー」岩崎宏美

「おもいで岬」新沼謙治

「おまえさん」木の実ナナ

「人間はひとりの方がいい」森田公一とトップギャラン

「みかん」大竹しのぶ

「未来」岩崎宏美

「夏にご用心」桜田淳子

「目覚めた時には晴れていた」伝書鳩

「嫁に来ないか」新沼謙治

「青春時代」森田公一とトップギャラン

「津軽海峡冬景色」石川さゆり

1977年

「想い出の樹の下で」岩崎宏美

「勝手にしやがれ」沢田研二

「気絶するほど悩ましい」Char

「熱帯魚」岩崎宏美

「ワインカラーのときめき」新井満

「思秋期」岩崎宏美

「憎みきれないろくでなし」沢田研二

「東京物語」森進一

1978年

「二十才前(はたちまえ)」岩崎宏美

「あざやかな場面」岩崎宏美

「ダーリング」沢田研二

「林檎殺人事件」郷ひろみ、樹木希林

「たそがれマイラブ」大橋純子

「世迷言(よまいごと)」日吉ミミ

1979年

「カサブランカ・ダンディー」沢田研二

「サンタモニカの風」桜田淳子

「舟歌」八代亜紀

「赤道直下」ジョニー大倉

1980年

「雨の慕情」八代亜紀

1981年

「もしもピアノが弾けたなら」西田敏行

1985年

「熱き心に」小林旭

1986年

「時代おくれ」河島英五

1992年

「悲しい歌が流行ります」森進一 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 8日 (水)

・顔面神経麻痺3週間経過

顔面神経麻痺発病から3週間。

劇的にはよくならないが、左首筋の痛みはかなり取れた。瞼も頑張れば手を使わなくても閉じることができるようになった。ア・イ・ウ・エ・オの発声練習をするとかなり顔が歪む。左半分は口が完全に開かない。まだしゃべりにくい。

やはり目が疲れるので、体調が悪い。

投薬は中止。後は筋肉注射とマッサージ。

8月の後半にゴルフを3つ入れた。治ってくれ!

<関連記事>

2007724日 「顔面神経麻痺1週間経過」

http://yamaken38.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_208e.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 6日 (月)

・女子ゴルフ 茂木宏美3年ぶりⅤ & 全英女子オープン

全英女子オープンにトッププロたちが出場したため、国内トーナメントは勝ちたい選手にとって大きなチャンスとなった。その意気込みが反映したように、クリスタルガイザーレディスは二日間の予選ラウンドを終えて、トップは4人、一打差でさらに5人、二打差でさらに7